東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)157号 判決 1979年8月21日
原告 神戸與平
被告 東京都知事
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和五一年七月二二日付で原告に対してした行政代執行に要した費用の納付命令を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二請求の原因
一 被告は原告に対し、昭和五一年七月二二日付で二級河川立会川(以下「本件河川」という。)河川区域内に原告の設置した工作物(以下「本件工作物」という。)について、昭和四六年七月一二日から同月二四日まで被告がした行政代執行(以下「本件代執行」という。)に要した費用金八二三万円を昭和五一年八月三一日までに被告に納付すべき旨の命令(以下「本件命令」という。)をした。
二 しかしながら、本件命令は以下の理由により違法であるから、原告はその取消しを求める。
1 被告は原告に対し、本件命令につき不服申立てをすることができる旨及び不服申立てをすることができる期間を教示しなかつた。したがつて、本件命令は違法である。
2 本件命令には実際に要した費用の内訳が記載されていないから、その内容が不明確であつて、本件命令は違法である。
3 本件代執行は、以下に述べるとおり公権力の濫用であるから違法であり、したがつて、本件代執行に係る本件命令も違法である。
(一) 原告及び被告は、本件工作物の撤去について昭和四六年五月一一日から同月一五日まで協議し、その結果、同年六月末日までに原告において本件工作物を撤去するという合意が成立した。
(二) 原告は、右合意に基づき、三木建設株式会社(以下「三木建設」という。)と建物解体撤去工事契約を締結して撤去作業を進め、同年七月一〇日までに本件工作物の撤去を完了し撤去工作物の発生資材は三木建設に売却し引渡済みであつたので、原告は被告に対し、同日付でその旨通知した。
(三) それにもかかわらず、被告は同月一二日本件代執行に着手したのであるが、右のような状況下で代執行をなすことは公権力の濫用である。
4 被告は原告に対し、昭和四六年二月六日付で同年三月一八日までに本件工作物を除却するよう命じ(以下「本件除却命令」という。)、同年四月一二日付で同年五月一三日正午までに原告が本件工作物を除却しないときは代執行をなすべき旨の戒告(以下「本件戒告」という。)をし、さらに同年七月五日付代執行令書(以下「本件令書」という。)をもつて同月一二日から代執行を実施する旨通知したのであるが、本件除却命令、本件戒告及び本件令書において除却すべきものとされた工作物の中には別紙図面青斜線部分(以下「青斜線部分」という。)及び赤斜線部分(以下「赤斜線部分」という。)に存する覆蓋(以下「本件覆蓋」という。)は含まれていないから、原告に対して本件覆蓋についての代執行に要した費用の納付を命じる本件命令は違法である。
5 仮に、本件除却命令、本件戒告及び本件令書が本件覆蓋を対象の中に含めていたとしても、本件覆蓋の所有者はかんべ土地建物株式会社(以下「かんべ土地」という。)であつたから、本件除却命令、本件戒告、本件令書及び原告に対して本件覆蓋についての代執行に要した費用の納付を命じる本件命令は違法である。
第三請求の原因に対する被告の認否及び主張
一 請求の原因に対する認否
請求の原因一の事実は認める。同二の冒頭の主張は争う。同二1の事実は認めるが、その主張は争う。同二2の本件命令の内容の点は認めるが、その主張は争う。同二3の冒頭の主張は争う。同二3(一)の事実は認める。同二3(二)のうち、原告がその主張の通知をしたことは認めるが、昭和四六年七月一〇日までに本件工作物の撤去が完了したことは否認し、その余の事実は知らない。同二3(三)のうち、被告が昭和四六年七月一二日に本件代執行に着手したことは認めるが、その余の主張は争う。同二4のうち、その主張のとおり被告が本件除却命令、本件戒告をし、本件令書を発したこと、本件命令が原告に対して本件覆蓋についての代執行に要した費用の納付を命じていることは認めるが、本件覆蓋が本件除却命令、本件戒告及び本件令書において除却すべきものとされた工作物に含まれていないということは否認し、その余の主張は争う。同二5のうち、本件命令が原告に対して本件覆蓋についての代執行に要した費用の納付を命じていることは認めるが、本件覆蓋の所有者がかんべ土地であつたことは否認し、その余の主張は争う。
二 被告の主張
1 行政処分に対する不服申立てについての教示義務を定めた行政不服審査法第五七条第一項の規定は訓示的規定であつて、本件命令に不服申立てについての教示がなかつたからといつて本件命令が直ちに違法となるわけではない。
2 行政代執行にともなう費用の徴収について、行政代執行法第五条は、「実際に要した費用の額及びその納期日を定め、義務者に対し、文書をもつてその納付を命じなければならない。」と規定している。
右規定によれば、納付命令においては、実際に要した費用の内訳を記載する必要はなく、実際に要した費用の額と納期日を記載すれば足りるのである。
3 本件代執行に着手した時点において、本件工作物の一部は取り毀されていたがその除却が完了していたわけではなく、また一部取毀し後の残材も本件覆蓋上に山積みされている状態であつた。このような状況のもとで地震や河川の流水により本件覆蓋が損壊した場合には材木の流出等により河川の堤防の損壊等をまねき下流住民に危害の生ずる恐れが極めて大きく、また本件覆蓋を放置しておけば、原告が工作物を再建する恐れがあり、さらに、都市計画事業決定に基づいて本件河川は下水道幹線水路として利用されることになつていたが、下水道幹線工事は既に着手され本件覆蓋が右工事に支障をきたしていたにもかかわらず、原告による早急な除却が期待できなかつたので代執行に着手したものである。したがつて、右の事情のもとになされた本件代執行が公権力の濫用に該当しないことは明らかである。
また、仮に原告主張のように本件工作物の一部取毀し後の残材が三木建設に売却引渡済みであつたとしても、代執行の対象となる工作物が存在する以上代執行により右違法状態を解消しうるのは当然であり、本件代執行が違法となるわけではない。
4 本件覆蓋は次に述べるとおり本件除却命令、本件戒告及び本件令書の対象物件に含まれている。
(一) 本件除却命令について
(1) 本件除却命令は、「別添図面に赤色で着色した部分の工作物(河川管理施設を除く)」の除却を命じているが、それによつて除却を命じているのは、別添図面に赤色で着色された本件河川上の工作物で河川管理施設に該当する物を除く一切の工作物なのである。本件命令の記書き部分の「2工作物」として列記されたものはあくまで違法工作物を用途形態を中心として表現したものであつて、末尾に「等」と記されているようにこれは例示的列挙なのである。したがつて、覆蓋が具体的例示として示されていないからといつて、それが前述した別添図面の赤色で着色された部分に存在する工作物で河川管理施設には該当しない以上本件除却命令の対象物件となつていることは明らかである。
(2) 仮に、覆蓋が右記書き部分の工作物に含まれていなければならないとしても、覆蓋は用途的にみて各工作物の床ないし基礎として使用されていたものであるから、これらと一体をなすものとして事務所、駐車場などの具体的な工作物の文言にそれぞれ含まれているものと解すべきである。
(3) また仮に、覆蓋が各工作物とは独立した工作物として考えるべきであるとしても、それは記書き部分の「2工作物」のなかの「等」に含まれるものと解すべきである。
(4) さらにまた、仮に、覆蓋も個別の工作物として表示する必要があるとしても、それは構造的にみて「橋梁」に含まれるものである。すなわち、橋梁とは一般的に障害物をまたぐ構造物で、床版とこれを支える橋台及び橋脚とからなる工作物を意味するものである。ところで、本件覆蓋は、その構造からみると鉄筋コンクリート板或いは強度を増すためにI形鋼を巻き込んで築造された鉄筋コンクリート板などを本件河川上に渡し、これを鉄筋コンクリート護岸に接合させていたものであるが、これは床版に該当するものである。また、その一部には地表にすべり止めが設けられたり、床版の支えとして河川中に工作物が設置されていたが、これは橋台及び橋脚にあたるものである。したがつて、本件覆蓋は鉄筋コンクリートなどの床版と鉄筋コンクリート護岸やすべり止めなどからなる橋台部分及び河川中に設けられた橋脚とによつて構成された工作物であつて、それは橋梁にほかならないのである。
(二) 本件戒告について
本件戒告は本件除却命令の不履行を前提として発せられたものであるから、本件除却命令の対象物件と同一のものに対してなされているのであり、前記(一)で述べたとおり本件覆蓋が本件除却命令の対象物件となつている以上、本件戒告においても本件覆蓋がその対象とされていると解すべきである。
また本件戒告の文言自体からみても、その記書き部分の各工作物の表示は、末尾の「等」に示されるようにあくまで例示的列挙であつて、本件戒告の別紙図面中朱線で囲んだ部分に存在する一切の工作物を対象とする趣旨であることは明らかであり、その中には本件覆蓋も含まれていると解すべきである。
(三) 本件令書について
本件令書は本件除却命令及び本件戒告を前提として、その不履行に対して発せられたものであるから、その対象物件は本件除却命令及び本件戒告と同一である。そして、本件覆蓋は、前記(一)(二)で述べたとおり、本件除却命令及び本件戒告の対象物件に含まれていたのであるから、本件令書においても当然その対象となつているのである。
また本件令書の文言からみても、本件覆蓋が本件令書の別紙添付図面中朱線で囲んだ部分に存在するものである以上、本件令書の対象物件とされていたことは明らかである。
5 本件覆蓋のうち青斜線部分(ただし、その範囲は、原告主張の西端から三八・七メートルまでである。)は、昭和三〇年一〇月頃、右覆蓋上の工作物とともに所有者である秋島建設株式会社(以下「秋島建設」という。)から原告が譲り受けたものである。また、本件覆蓋のうち赤斜線部分(前記青斜線部分を除く部分)は、その後原告が建物等の基礎として昭和三六年頃までの間に自ら築造したもので、その上の建物等と同様に原告がその所有権を原始的に取得したものである。したがつて、本件代執行当時の本件覆蓋の所有者は原告である。
第四被告の主張に対する原告の認否及び反論
一 被告の主張に対する認否
被告の主張3のうち、本件代執行に着手した時点において残材が本件覆蓋上に山積みされている状態であつたことは認めるが、その余は争う。同4は争う。同5のうち、本件覆蓋のうち青斜線部分(ただし、その範囲の点は除く。)がもと秋島建設の所有であつたこと、本件覆蓋のうち赤斜線部分(ただし、その範囲の点は除く。)が被告主張のころに築造されたものであること、本件覆蓋上の工作物が原告所有であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。秋島建設より譲渡を受けたのはかんべ土地であり、また本件覆蓋のうち原告主張の赤斜線部分を築造したのもかんべ土地である。
二 原告の反論
1 代執行費用の納付命令に対しては納付命令それ自体の瑕疵、例えば実際に要した費用以外の費用まで代執行費用に算入してその納付を命じたというような瑕疵を理由として争訟を提起しうるのであるが、代執行費用の内訳が明らかにされなければ右瑕疵の存否についての判断資料を得られず争訟を提起できないことになる。したがつて、納付命令には代執行費用の内訳を記載すべきである。
2 代執行は単なる義務の賦課よりも一層由々しい自由の侵害であるから、代執行をできるだけさしひかえるために、義務を課する際に要求される公益上の必要よりも一層大きい公益上の必要が代執行に際しては要求されるのであつて、義務の不履行はすべて公益に反するがその公益違反がとくに著しい場合にはじめて代執行が許されると解すべきであるし、除却の履行に着手したが履行期限までに除却が完了しない場合、さらに時間的猶予を認めることによつて義務の履行が確実に完了する見込みがあるならばなるべく義務者自らによる履行をまつべきである。
これを本件についてみるに、本件代執行に着手した時点において、本件覆蓋上の工作物は既に取毀しを完了し残材の運搬を継続中であつたのであるから、原告が義務の履行を完了する見込みは確実にあつたし、本件覆蓋上には残材が存する程度であつたので、被告の主張するような地震や河川の流水による危険性は少なかつたというべきであるから、あえて代執行に着手する必要性がなかつたことは明らかである。
3 除却命令の対象物件は厳格に特定明示されるべきであり、除却命令の本文中に掲記した抽象的な理由又は例示的表示から除却物件を推認せしめるが如きものであつてはならない。特に覆蓋のように重要な財産的価値を有する物件は明確に表示されるべきである。
また、覆蓋は用途的にも構造的にも独立の工作物(人工地盤)であつて、その上の工作物と一体となるものではない。
さらに、「等」というのは主たる物件(建物)を除くトタン塀の如き従たる付随的なものを指称するのが一般的であるから、覆蓋は「等」に含まれない。
さらにまた、橋梁とは川や道などの両側にわたして人や車を通すもの、すなわちいわゆる橋のことであるが、本件覆蓋は人や車を通すためのものではなく、いわゆる人工地盤として築造されたものであるから、橋梁という概念の範囲に含まれない。
第五証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件命令に原告主張の違法事由が存するか否か順次検討する。
1 原告は、本件命令は不服申立てについての教示を欠くから違法であると主張する。
しかしながら、行政不服審査法第五七条第一項は、行政庁が審査請求若しくは異議申立て又は他の法令に基づく不服申立てをすることができる処分を書面でする場合には、処分の相手方に対して不服申立てについての教示をしなければならない旨を規定しているが、その趣旨は、不服申立制度の存在を教えることによつて国民の権利救済の実をあげようとすることにあると解されるから、行政庁が教示義務を履行しないのは違法であるが、そのため右の相手方が損害を蒙つたような場合には別途救済の途が開かれているか否かの点は別として、右の教示がなかつたからといつてそのため行政庁の処分や裁決自体が違法となるとは解されない。したがつて、原告の右主張は失当である。
2 次に原告は、本件命令は費用の内訳の記載を欠くから違法であると主張する。
しかしながら、行政代執行法第五条は、「代執行に要した費用の徴収については、実際に要した費用の額及びその納期日を定め、義務者に対し、文書をもつてその納付を命じなければならない。」と規定しており、右規定によれば、納付命令には実際に要した費用の内訳を記載するまでの必要はないというべきである。実際に要した費用以外の費用まで代執行費用に算入してその納付を命じたという瑕疵を理由として納付命令に対して争訟を提起しうることは原告主張のとおりであるが、そうであるからといつて、費用の内訳の記載のない納付命令が違法になると解することはできない。したがつて、原告の前示主張も失当である。
3 さらに原告は、本件代執行は公権力の濫用であるから違法であり、したがつて本件代執行に係る本件命令も違法であると主張するので、この点について判断する。
請求の原因二3(一)の本件工作物撤去についての原、被告間の合意の成立の事実については当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第三二号証、公証人作成部分の成立及び撮影対象が原告主張のとおりであることについては当事者間に争いがなく弁論の全趣旨により撮影日時が原告主張の頃であると認める甲第一五号証の一ないし五三及び弁論の全趣旨により成立を認める甲第五号証の一、二並びに証人神戸勝次の証言によれば、原告が三木建設との間において昭和四六年七月本件覆蓋上の建物につき解体撤去工事を同社に請け負わせる旨の契約を締結し、三木建設において右撤去工事に取りかかつた事実を認めることができる。しかしながら同年七月一〇日までに撤去を完了したとの原告の主張については、これを認めるべき証拠は存在せず、かえつて前掲各証拠に原本の存在及び成立に争いのない乙第一三、一四号証、第一八号証、成立に争いのない乙第二二号証の一、二、弁論の全趣旨により成立を認める乙第一ないし第三号証、第二〇号証の一ないし五及び第二一号証並びに証人及川弘の証言によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、被告が本件代執行に着手した昭和四六年七月一二日当時本件工作物の一部である本件覆蓋上の建物の一部は取り毀されていたが、全部の除却が完了していたわけではなく、また、一部取毀後の残材が本件覆蓋上に山積みされている状態であつた(残材が本件覆蓋上に山積みされている状態であつたことは、当事者間に争いがない。)。そうして、このような状況のもとにおいては、地震や河川の流水によつて本件覆蓋が損壊した場合には残材の流出等によつて河川の堤防に損傷を生ずる等の事態を生じて下流住民に危害が及ぶ恐れもあり、また、都市計画事業決定に基づいて本件河川は下水道幹線水路として利用されることになつていたが、下水道幹線工事は既に着手されていたところ、本件覆蓋が右工事に支障をきたしていたのに、原告は、前記被告との間の合意の趣旨に反してこれを撤去除却しようとしなかつた(前記合意において原告が除却することを約した除却命令の対象たる工作物中に本件覆蓋が含まれていたことは、後記判示のとおりである。)。そこで、被告側としても、本件工作物除却についての従来の経緯、原告が昭和四六年六月中に本件工作物を除却する旨を約しながら期限までに履行せず、しかも被告からの履行の要求に対し、残材は三木建設に売却引渡済みであるとして誠意ある態度を示さなかつたこと等の事情から総合判断して、本件工作物全部の早急な除却が必要であるところ、原告の任意の履行によつてこれを実現することは全く期待できないと判断して、本件代執行に着手したものであつた。以上の事実を認めることができる。なお、この点に関し、原告は、残材は三木建設に売却引渡済みであつた旨主張するけれども、仮にそうであつたとしても、本件覆蓋を含む取毀未了の工作物があつたことが前記認定のとおりであるのみならず、取毀後の残材についても、原告において本件河川上の区域から自ら搬出し、あるいは他人をして搬出せしめて始めて除却義務を履行したこととなるものというべきであるから、他に売却引渡したからといつてその責を免れるものでないことは、いうまでもないところである。
以上の次第で、本件代執行がその必要性なくしてなされたもので公権力の濫用であることを前提として本件命令を違法とする原告の主張はその理由がない。
4 さらにまた原告は、本件除却命令、本件戒告及び本件令書において除却すべきものとされた工作物の中には本件覆蓋は含まれていないから、原告に対して本件覆蓋についての代執行に要した費用の納付を命じる本件命令は違法であると主張するので、この点について検討する。
(一) 本件命令が原告に対して本件覆蓋についての代執行に要した費用の納付をも命じていることは当事者間に争いがない。
(二) ある物件が除却命令等の対象とされているか否かは除却命令等において当該物件の個別的、具体的名称が記載されているか否かということだけから即断すべきではなく、除却命令等の全体の記載を合理的に解釈して判断すべきものと解されるところ、成立に争いのない甲第七号証ないし第九号証の各一、二及び証人及川弘の証言によれば、本件除却命令は、立会川の河川区域中本件工作物の存在する一定の部分を赤色で着色した図面を添付し、その部分に存する河川管理施設を除いた工作物がその対象となることを明示するとともに、その記書き部分においては不動産営業事務所、駐車場、宴会場、卓球場、撞球場、橋梁、材料置場等が除却を命じられた工作物である旨記載されていること、本件除却命令による義務の不履行を前提として発せられた本件戒告は、前記一定の部分を朱線で囲んだ図面を添付し、その部分に存する不動産営業事務所、駐車場、宴会場、卓球場、撞球場、橋梁、材料置場等がその対象となる旨記載されていること、本件戒告を前提として発せられた本件令書は、同じく前記一定の部分を朱線で囲んだ図面を添付し、その部分に存在する工作物等がその対象となる旨記載されていること及び本件覆蓋は右各図面で示された部分に存する工作物であることが認められるから、本件除却命令等において覆蓋という名称は個別的、具体的には記載されていないが、本件覆蓋はいずれもその対象となつていたものと認めるのが相当であり、前記認定に係る原、被告間の折衝の経過にかんがみれば、原告もこのことを知悉していたものと認めるのが相当である。なお原告は、覆蓋のように重要な財産的価値を有する物件は明確に表示されるべきであると主張するが、覆蓋が重要な財産的価値を有するものであつても、前記判断を左右するものではない。したがつて、原告の前示主張は理由がない。
5 さらにまた原告は、本件覆蓋の所有者はかんべ土地であつたから、原告に対して本件覆蓋についての代執行に要した費用の納付を命じる本件命令は違法であると主張し、前記4(一)で述べたとおり本件命令が原告に対して本件覆蓋についての代執行費用の納付をも命じていることは当事者間に争いがないので、本件覆蓋の所有権の帰属について検討する。
(一) 本件覆蓋上の工作物の所有者が原告であつたこと、本件覆蓋のうち青斜線部分(ただし、その範囲の点は除く。以下同様)がもと秋島建設所有であつたこと及び本件覆蓋のうち赤斜線部分(ただし、その範囲の点は除く。以下同様)は、秋島建設から青斜線部分が譲渡された後に築造されたものであることは当事者間に争いがない。
(二) 成立に争いのない乙第七号証の四、第一二号証及び第一五号証の五、原本の存在及び成立に争いのない甲第三一号証(後記採用しない部分を除く。)及び乙第一八号証、前掲及川弘の証言によつて真正に成立したと認められる乙第一一号証並びに同証言及び証人神戸勝次の証言(後記採用しない部分を除く。)を合わせると、次の事実を認めることができる。
(1) 本件覆蓋上には建物等がいつぱいに建ち本件覆蓋は建物の土台ないしは基礎とされており、そのうちには覆蓋の上にタイルを張り直接建物の床とされていた部分があつたし、アンカーボルトで覆蓋と覆蓋上の建物が結合されている部分が数か所あつた。
(2) 原告は、被告が昭和四〇年一二月一日付でなした戒告に対する審査請求の際に、品川区長から自費をもつて覆蓋を設けるならば本件河川の占使用を許可する旨の承諾を得たのは原告である旨主張し、また本件戒告に対する審査請求の際にも右と同様の主張をした。
(3) 原告は、被告が昭和四〇年一二月一日付でなした前記戒告の取消しを求めた訴訟の訴状において、秋島建設から本件覆蓋についての権利の移転を受けたのは原告である旨主張した。
(4) 品川区長は被告に対し、昭和四五年一一月二日付で、本件河川区域内の不法占用物件の所有者は原告であると調査結果を報告した。
(5) 昭和四六年七月七日、当時東京都建設局次長であつた大西則孝は神戸勝次から本件覆蓋の所有者は原告であるということを聴取した。
以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(三) 右認定の事実と前記争いのない事実に弁論の全趣旨を合わせれば、本件覆蓋のうち青斜線部分は原告が秋島建設より譲渡を受けてその所有権を取得し、また赤斜線部分は原告自らが築造して所有権を取得したと推認することができる(なお、青斜線部分及び赤斜線部分の範囲については、原、被告間に争いがあるが、全体の範囲については争いがないから、いずれにしても原告が本件覆蓋全体の所有権を取得したこと自体に変りはない。)。
もつとも、前掲神戸勝次の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二一号証の一ないし三、第二二号証、第二三号証の一ないし三、第二四号証及び第二五号証の一、二並びに同証言によると、本件覆蓋のうち赤斜線部分の築造に要した費用の一部についての請求書及び領収証の名宛人がかんべ土地となつていることが認められ、また成立に争いのない甲第一七号証の一ないし七によれば、昭和四〇年一二月一日から同四六年四月一九日までの間、かんべ土地は昭和三一年四月分から同四七年三月分までの本件河川の占使用料を供託していることが認められるが、他方前掲神戸勝次の証言によれば、かんべ土地は本件覆蓋上の原告所有の建物を使用していたがその契約書はなくまたその対価の支払もなされていないこと及び右建物の公租公課はかんべ土地が支払つていたが原告は右支払に対する領収書等をかんべ土地に交付していないことが認められる。そうして、これらの事実に前記認定に供した各事実を参酌すると、原告個人と同人が代表者の地位にあつたかんべ土地との間の経理には必ずしも厳密に処理されていなかつた面も窺われるのであつて、請求書等の名宛人がかんべ土地となつているからといつて直ちにこれが前記認定を左右する根拠となるものともいえないし、供託者の名義人についても、原告において当時なんらかの意図を以てしたものと推認し得ないではなく、他方において原告自身自己が占用権を有することを主張していることもまた前記のとおりであるから、これまた、前記認定を覆えす根拠となるとはいえない。また甲第二八号証の一、第二九号証及び第三一号証ないし第三三号証の各記載並びに証人神戸勝次の証言中前記認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
したがつて、本件代執行当時、本件覆蓋は原告所有であつたと認めるのが相当であるから、本件覆蓋がかんべ土地所有であることを前提として本件命令を違法とする原告の前示主張も理由がない。
6 以上の次第であるから、本件命令には原告主張の違法事由はないというべきである。
三 よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田耕三 菅原晴郎 北澤晶)
図面<省略>